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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)5623号 判決

本訴原告兼反訴被告(以下たんに原告という) 大同信用金庫

右代表者代表理事 茂木勇

右訴訟代理人弁護士 後藤獅湊

同 中川潤

同 堀合辰夫

同 高橋輝美

破産者青木泰司破産管財人本訴被告兼反訴原告(以下たんに被告という) 山田基幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告は被告に対し、別紙物件目録一記載の土地及び同二記載の建物につき、千葉地方法務局船橋支局昭和五六年九月二六日受付第四八六七七号及び同日受付第四八六七八号の各根抵当権設定仮登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地及び同二記載の建物につき、千葉地方法務局船橋支局昭和五六年九月二六日受付第四八六七七号及び同日受付第四八六七八号の各根抵当権設定仮登記の本登記手続をせよ。

2  訴訟費用は本訴反訴を通じ、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告は、昭和五六年九月二五日、青木泰司(以下「青木」という)との間で訴外日新銘鈑株式会社(以下「日新銘鈑」という)が振出した別紙手形目録記載の約束手形二通(以下「本件手形一及び二」という)額面合計金三三二万円の支払を担保するため、青木所有の別紙物件目録一、二記載の土地建物(以下「本件不動産」という)に、左記の根抵当権(以下「本件根抵当権」という)設定契約を締結し、翌二六日、原告の申立1記載の根抵当権設定仮登記を経由した(以下「本件仮登記」という)。

極度額 金三五〇万円

債権の範囲 信用金庫取引、手形債権、小切手債権

債務者 日新銘鈑

2  青木は昭和五六年一二月一〇日、東京地方裁判所に破産の申立をなし、同日午後四時破産宣告がなされた。

3  よって、原告は破産者青木の破産管財人である被告に対し、本件仮登記の本登記手続を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

全部認める。

三  本訴抗弁(反訴請求原因)

(無償否認)

1 本訴請求原因2と同じ

2 青木は破産申立の六か月前以内である同年九月二五日、日新銘鈑の原告に対する債務を担保するため本件根抵当権を設定し、翌二六日本件仮登記を経由した。

3 本件根抵当権設定は破産者青木にとり無償行為である。

(故意否認)

4 青木は日新銘鈑及び訴外有限会社四街道交通の資金繰りを助けるため、連帯保証、物上保証、手形裏書等を行い、そのため昭和五六年九月ころには青木の債務は金一億円を超過するという状態が継続していた。これに対し、青木には時価金四〇〇〇万円相当の本件不動産以外には見るべき資産はなく、大幅な債務超過の状態にあった。

5 青木は他の債権者を害することを知りながら、同年九月二五日本件根抵当権を設定したものである。

6 よって、被告は原告に対し、破産法七二条五号若しくは一号に基づき否認権を行使し、本件仮登記の否認の登記手続を求める。

四  本訴抗弁(反訴請求原因)に対する否認

1  本訴抗弁(反訴請求原因)1、2の事実は認める。

2  同3は否認する。

3  同4の事実は不知。

4  同5の事実のうち本件根抵当権を設定したことは認めるが、その余は否認する。

五  原告の主張

他人の債務についての担保供与については、破産者において保証料のような直接的な対価を得ていない場合であっても、相手方の債権が、担保供与があることによって新たに発生したものである場合には無償否認は許されるべきではない。

本件の場合は、当初債務の期限到来時にいわゆる手形ジャンプのために担保供与がなされたものであり、当初債務が手形債務であることをも考え併せれば、原告の当該債権が本件根抵当権設定により新たに発生した場合と同視できるのであって、無償否認の対象とはならない。

仮にそうでないとしても、本件根抵当権設定者である青木は、主債務者日新銘鈑の代表者であり、かような立場にある者が弁済期到来の債務について、会社存続を計るためになした担保供与は右債務が手形債務であることをも考慮すれば、当該行為は相当性を有するものであって、無償否認の対象とはならないというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本訴抗弁(反訴請求原因)のうち、まず同1ないし3の無償否認の当否について判断する。

同1、2の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、青木が代表取締役の地位にあった日新銘鈑は、訴外みのり設備株式会社との間で、いわゆる融通手形を交換していたが、昭和五六年九月ころ右みのり設備が日新銘鈑に振出した融通手形が不渡りとなったため、これに伴い日新銘鈑も原告が所持していた本件手形二通を決済することが困難となったこと、そこで、本件手形一の支払期日が到来した同年九月二五日、原告は青木に対し日新銘鈑のために本件手形二通の額面合計に見合うものとして青木所有の本件不動産に本件根抵当権を設定することを求め青木がこれに応じたので、原告は日新銘鈑のために本件手形一を依頼返却扱にするとともに右手形金債務二〇〇万円の内金五〇万円のみを内入れ弁済してもらい、残金一五〇万円の支払を延期(日新銘鈑振出しの額面五〇万円ずつの小切手による分割払い。)したこと、その後、日新銘鈑も手形の不渡りを出して青木と同時に破産宣告を受けたこと、以上の事実が認められる。

三  原告は「他人の債務についての担保供与については、破産者において保証料のような直接的な対価を得ていない場合であっても、相手方の債権が、担保供与があることによって新たに発生したものである場合には無償否認は許されるべきではない。また、本件根抵当権設定者である青木は、主債務者日新銘鈑の代表者であり、かような立場にある者が弁済期到来の債務について、会社存続を計るためになした担保供与は右債務が手形債務であることをも考慮すれば、当該行為は相当性を有するものであって、無償否認の対象とはならないというべきである。」旨の主張する。

確かに本件の場合、原告は破産者青木の担保の供与を条件に支払期日に決済すべき本件手形一について依頼返却の措置をとり、小切手に切替えたものであるから、原告は代償なしに一方的な利得をしたわけではないこと、青木は主債務者日新銘鈑の代表者という立場にある者であり、会社存続のために本件のような担保供与をするのは当事者にとっては止むをえない行為といいうること等の点は原告指摘のとおりである。

しかし、原告の主張を採れば破産者にとって無償であるだけではなく、原告のような受益者にとっても無償であることを要件とし、あるいは無償行為をなした実質的な関係にまで踏み込んでその相当性を考慮することになると思われるが、右主張は、破産法が無償否認の場合に破産申立前六か月以内というほかには条文上一切の要件を必要とせず、その行為が客観的にみて対価のない破産者の積極財産の減少あるいは債務の増加若しくはこれと同視すべき行為を破産財団のために否認しやすくした趣旨に明らかに反するものであり採用しえない。

前記の手形から小切手への切替えは、新たな貸付けというよりは、むしろ支払延期の手段としてなされたものと推認され、日新銘鈑にとっては期限の利益を与えられたものの、青木の破産財団からみて何らの財産価値の増加になるものではなく、かえって、物上保証による負担が増加し、別除権の行使によって破産債権者の利益が害されること等を考慮すると、本件の場合にも無償否認を認めるのが相当である。

四  そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であり、反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、注文のとおり判決する。

(裁判官 髙橋隆一)

〈以下省略〉

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